お化け屋敷に来たお客さんを
「怖がらせる」だけでなく「喜ばせる」こと
仲間と一つのものを作って、「やったね!」みたいなのが、
僕はきっと好きなんだと思います。
アミューズメントパークの「お化け屋敷」「脱出アトラクション」などをはじめ、国内外の数多くのアトラクションの企画・プロデュースに携わってきた人見 渉さん。
現在は長年代表を務めた株式会社ザ・プランズの代表を退任し、学生時代から続けていたドラムを叩いて毎日を楽しく過ごしているといいます。
「ジャズをやる楽しみは、アトラクションを作る楽しみと似ている」という人見さんの、【アイデアを形にして、周りを巻き込んでいく】秘訣についてうかがいました。
PROFILE
人見 渉
大手旅行代理店の営業職を経て、35歳で兄が立ち上げた株式会社ザ・プランズに参画。富士急ハイランド「戦慄迷宮」をはじめ、スポル品川大井町、おやつタウンなど、国内外のアトラクション・テーマパーク企画を多数手掛ける。代表退任後は学生時代から続けてきたジャズドラムに力を入れ、複数のバンドで精力的にライブ活動を行っている。
1
一部上場の旅行代理店から、創業間もない企画会社へ
入社して数年は、それこそ四六時中駆け回っていた。
はじめに、企画会社「株式会社ザ・プランズ」(以下「プランズ」)入社の経緯について、教えていただけますか?
プランズに入社する前は大手旅行代理店で、営業マンとして働いていました。
プランズは、僕が32〜33歳の頃に、兄が立ち上げたイベント企画会社です。兄から何度か「一緒にやらないか」と誘われていたんだけど、僕はあまり冒険しないタイプだったんで(笑)、今の会社で安定した働き方のほうがいいと思っていました。
ただ、どっかでずっと引っかかっていたのはあったと思います。「そういう働き方、人生もあるんだな」と。ある時、母親からも「あなたもお兄さん手伝いなさいよ」って言われて、「じゃあ、やってみるか」と(笑)。
前職で大きめな案件を受け持っていたので、それを一区切りつけてから、プランズに入社しました。──35歳の頃のことです。
プランズに入社されてからのご活動は、いかがでしたか?
入社して数年は、それこそ四六時中駆け回っていました。徹夜もしょっちゅうでした。──今ではあり得ない勤務体系ですね(笑)。
おかげさまで、やがて大手のクライアントさんとお取引をいただける機会が増えましたが、当時は少額でも多くのクライアントを獲得しないとならないフェーズでしたから。町内会のイベントのお弁当の手配だったり、とにかく約款に記載されている事であれば何でも、手広くやりましたね。
そんなお弁当手配でもノシ紙をオリジナルにして、ちょっとジョークを挟んだり(笑)。何とか企画演出に入り込もうとしてました。
そんな時期を経て、徐々にクライアントから信頼を頂き、そのうち大手企業のご担当の方とも懇意にさせて頂き、少しずつ規模の大きな案件を相談されるようになっていった──、という感じです。

前職の旅行会社とは仕事内容も大きく変化したと思うのですが、そこでは苦労されませんでしたか?
旅行と異なる点は、企画会社なので、明確なゴールはあってないようなものなんですよね。もっともっと、って(笑)。
どんな案件でも「前例がない新しいこと」という宿題が付き物なので(笑)、それを相談されても戸惑いますよね。いつもそこからのスタートですから(笑)。
ただ旅行も企画も、「お客さんが喜ぶことを提供する」っていうのは一緒だということに徐々に気づいていきました。
やってることは営業なんで、調子いいこと言って、時にはちょっと盛ったりして、クライアントにワクワク感を印象づけるわけです(笑)。
それで、クライアントから「よくわからないけど、こいつらに任せてみよう、賭けてみよう」と思っていただけたらしめたものです。ただし、その「調子いいこと」を、何としても確実に実現させる、嘘つきにはならない。とても重要な事です。──時々、「あんな調子こくんじゃなかった」って泣き泣き作業することもありました。
大変なことですけど、根本の流れはこれまでやっていたことと変わらないなと気づいて。それからは、大きな迷いもなく仕事ができてきたと思います。
2
企画・プロデュース業務で、大切にしてきたことは。

「お化け屋敷」の企画コンセプトは、「お客様を喜ばせること」
富士急ハイランド「お化け屋敷」の企画は、どのように産まれたのでしょうか?
当時仲良くしていただいた富士急行の企画部さんから、「(遊園地内の一区画で)なにか面白い企画を考えられないか」と相談を受けたんです。そのときに「こういうお化け屋敷はどうですか」と提案したら、「それ面白い!」って言ってくれて(笑)。
まあ、先方と気が合ったんですよね。それと相談された場所が夜の遊園地内だったので…(笑)。ただでさえ恐怖感を増長させますよね。提案場所がドンピシャだったんです。
お化け屋敷は、企画すること自体も大変ですけど、それ以前にまず場所が必要ですよね。お金もたくさんかかるし、話題性創出のために宣伝もしないといけない。何が言いたいのかというと、それらの全部を、富士急行の企画部と宣伝部が全面サポートしてくれたということです。だから、僕たちは作ることだけに専念できた。
そんな時のクライアントの判断力と行動力はさすがとしか言いようがないし、宣伝に関しては代理店さんや媒体ととてもうまくプロモートしてくれて、何度もテレビで紹介されたり、芸人さん達が潜入してくれたりして、どんどん話題になっていきました。
つまり、戦慄迷宮が商業的にうまく行ったのは、僕の企画が良かったとかそういうのではなくて、クライアントの決断力と宣伝力なんです。まあ、僕たちはそこにうまく乗っかることができたわけですけど(笑)。
ビジネスで成功するためには、自社以外の多くの人たちの協力が必要になるということですね。周囲からの賛同を得るために、意識していたことはありますか?
前の話に戻ってしまいますが、「お客さんが喜ぶことを提供する」ことをとにかく大事にしました。だから、はじめに本当に喜ばれることは何かをしっかり考える。大抵それは、「『クライアントにとってのお客さん』が喜ぶこと」に行き着きます。いわゆるエンドユーザーですね。
たとえば遊園地を運営するクライアントの場合は、遊園地に来場したお客様が「また来たい」「この体験を友達に伝えたい」と、感じてくれることを一番期待されてる。そう考えました。
具体的に、どのような工夫をされるのですか?
例のお化け屋敷は、ウォークスルー形式のアトラクションで、入場したお客さんは施設内を徒歩で進みます。途中に非常に長い不気味感満載の廊下があって、ここでお化け役のキャストが待ち構えているのですが(笑)、どんなタイプのお客さんが入場したかを、フロントのスタッフからインカムで逐一共有させるんですね。

たとえば、「男女のカップルが入場、右側を女性が歩いている」といった情報が入ったときに、お化け役のキャストは右側から女性を先に驚かします。すると、女性は怖がって彼氏に「キャー」と言って助けを求めますよね。ここで彼氏がどんと構えてくれれば、彼氏の株が上がるわけです(笑)。
親子で入場してきたときは、お子さんの目からは「お父さんがお化けと闘ってお化けから僕等を守ってくれる」という構図になるように、キャストが動きます。こうすることで、「お化けが怖かった」という感情だけでない、お客様にとっては印象深い「何か」の体験が得られるのではないかと考えてました。
そんなことまで考えて作られていたんですね!
実は、人を「怖がらせること」自体はそれ程難しいことではないんです。暗闇で背後からいきなり「ワー!」って現れれば誰だって怖がりますよね。でも、それだけだったら、そのお化け屋敷に「また行こう」とまでは思えないです。
以前、「結婚式を戦慄迷宮で挙げたい」と申し出てきたカップルがいました(笑)。実ははじめてのデートで戦慄迷宮に入って、それがとても思い出深かったんだそうです。実際に戦慄迷宮で式を挙げたそうですが、その話を聞いたときは嬉しかったですね。してやったり!です。
話を戻すと、「クライアントの、その先の『お客さん』(エンドユーザー)に喜んでもらう」というのは、つまりそういうことだと思います。「かけがえのない体験」──というと陳腐な表現だけど、そこまで到達できるものを作れたら、結果として皆がハッピーになれる。
最初はやっぱり色々あって、企画案をクライアントに説明しているときは、「なんか胡散臭い」「こいつらに任せて大丈夫なのか」など、色々思われたり、実際に言われたりします。そんなときは満面の笑みで「これが実現したら、きっとあなた方も喜ぶと思うよ」と心の中で思うようにしていますね(笑)。
企画中は一人。だけど、作る段階に入れば「頼りになる仲間」がいる。
人見さんはスポーツエンターテイメント施設「スポル品川大井町」やテーマパーク「おやつタウン」など、この他にも数多くのアトラクションの企画を手掛けられましたが、仕事をしていて辛いことや大変だったことはありましたか?
確かに企画を立案し、勝ち取るまでの間は、基本一人でやっていました。何がいいかを考えるのも、クライアントに「こんなに楽しいんだよ」と説得するのも、全部一人でやるんです。その間はやっぱり大変だなと思うことはありました。
「何が楽しいか」という本質を思いつくまでの過程では、人の意見を聞いても取っ散らかるだけなんですよね(笑)。コンセプトが乱れますから。ましてや人の真似っこなんかしようものなら、それこそ通る企画も通らなくなります。
楽しい企画が出てこないとき、どのように対処していたのですか?
こればっかりはどうしようもないというか、もう考え続けるしかないんです。
プレゼン当日まで考え続けて、結局、企画書も何も用意できないまま臨んだことも何度かあります。プレゼン当日の行きの電車の中でも、ああでもないこうでもないと考えたりして(笑)。プレゼンは大概コンペだから、他社さんはしっかりした企画書を作ってくるわけですよね。でもね、こっちは何も用意してないから、お客さんにホワイトボードを用意してもらって、そこにアイディアのイメージできている部分だけでも手書きで、口頭で説明するんです。
思えばこういうプレゼンが、むしろクライアントに響くことが多かったみたいです。
すごい(笑)。プレゼンが素晴らしいのでしょうね。
いやいや(笑)。結局、クライアントは「企画書を見たい」のではなく「楽しくなるアイディアを知りたい」んだと思います。
プレゼンで僕らがやるべきことは、「クライアントの気持ちを動かすこと」「これなら予算を費やしてもいいかも」と感じさせることだと思ってました。それにはやっぱり、パンチのあるもので、「ちょっと新しく、楽しそうだから乗ってみようかな」って思わせないといけない。丁寧にまとめた企画書も大事ですが、きっとそれだけだと駄目なんでしょうね。

企画会社の仕事は、「企画が通ってからが本番」という話も聞きますが、そのあたりはいかがですか?
たしかにそうです。でもそこからが楽しい時間でもあります。何故かというと、そこから先は仲間がいるから。
社内のメンバーもそうですし、企画内容を共に構築してくれる業者さんもいます。もちろん企画を成功に導くクライアントの強力な後押しも。
アトラクションについて言えば、建設さんや内装さん、電気屋さん。そのほかデザイナーさんやエンジニアさん、衣装さん、役者さん、撮影クルーまで、色んな人が一緒にやってくれるからこそ、進められます。
僕の場合は、「さあ作るぞ」となったタイミングで、いつも彼らとチームを組みます。そして、これがとても心強かった。「彼らがいるから、何でもできる」と思ってね。たまに無茶振りしちゃうこともあったけど(笑)。──彼らの存在が、僕にとっての一番の財産だったと思います。
とてもいい話しですね。そうした、強い信頼関係で協働する「仲間」の皆さまは、どうやって培っていったのですか?
たまたまの出会いがあって、僕自身が何か特別なことをしたわけではないんですけどね(笑)。
一番心がけてきたことは各業者さんに対して「浮気をしない」というのはあると思います。
長く一緒に仕事をしていたら、誰だってミスや失敗をしますよね。ときに、それが大きなトラブルに発展することもあって、そのことで僕がクライアントに怒られたり、最悪、案件が縮小してしまうこともあります。
でも、だからといって「もうおたくには仕事は頼まない」ということは、絶対しなかった。逆に僕が失敗してみんなに迷惑かけてしまった時なんかは、仲間にたくさんのフォローをしてもらい、事なきを得たことも多々ありました。そのときは飲み会開いて奢るしかないです(笑)。
とにかく、彼らとはそうやってずっと一緒にやってこれて、それが唯一、僕が誇れることだと思っています。
仕事を辞めた今でも、彼らとの付き合いは続いています。みんな出世したり会社が大きくなったりして、今では誰でも知ってる超大型テーマパークのアトラクションを手掛けたりと忙しくしています。でも3ヵ月に1回くらいのペースで、声をかけてくれて居酒屋に集合して(笑)、交流をはかってます。嬉しいし、ありがたいです。
3
「自分が、本当にいいなと思えること」を目標にする
ジャズをやる楽しみは、アトラクションを作る楽しみと似ている

現在は、ジャズバンドの活動をしていると伺っていますが、そのあたりも聞かせていただけますか?
もともと中学の頃から楽器をやっていて、その頃はフォークソングとかをやっていたんだけど、大学に入ってジャズに触れてからは、ずっとジャズを続けていました。
仕事をしているときはライブなんかほとんどできず、たまにスタジオで仲間と音合わせする程度だったけど、引退した今は5つほどのバンドに所属して、自主練やセッション、リハに励んでます(笑)。ライブも増えました。
Facebook でたまにライブの告知があるのを拝見していましたが、いつもチケットがすぐに売り切れていましたね。
まあ、40人〜50人規模の小さなライブハウスですからね(笑)。
ジャズをやる楽しみは、アトラクションを作る楽しみと結構通ずるところがあると思っています。どういうことかというと、演奏中の瞬間々々に他の演奏者たちとの無言の会話があるんですよ。
たとえば、サックス吹いてる人とドラム叩いてる人で、言葉は交わさなくても「お前はどうしたい? 俺はこうするけど、いいか?」みたいな掛け合いがあって、それはもちろんベースやギター、ボーカルともあります。そういう仲間との気持ちの繋がりと交流を経て曲ができる。
それはさっき話した仲間たちとアトラクションを作る過程とよく似ていて、常に相手が何を考えていて、何をしたいのか?を洞察して。「言葉だけでは説明できないよくわからないもの」を作りあげるときのコツかもしれない(笑)。
仲間と一つのものを作って、「やったね!」みたいなのが、きっと好きなんだと思います。
積みあがって少しずつ形になっていく「なにか」を実感できたとき
アトラクション、テーマパーク、そしてジャズバンドと、常に何かを作り上げていて、そして何歳になっても楽しそうに過ごされていることが、とても印象的でした。最後に、現在「毎日がつまらない」「人生が楽しくない」と感じている若い人たちに向けて、何かアドバイスがありましたらお願いできますか?
今の若い人たちのことを僕がどれだけ理解できているかもわからないから、アドバイスというと大変おこがましいんだけど(笑)。
ただ、もし毎日がつまらない、張り合いがないと感じるんだったら、「自分が好きな事」を見つけて、あとは即行動に移すといいと思います。
進めていくうちに、昨日まで「本当に好きだな」と思えてたものが、ちょっと変わってしまうこともあります。でも、それでもいいと思うんです。今いいなと思えること、自分がこうしたいと思えることに向けて、更に一歩を踏み出してみる。そうやって一歩一歩を重ねていくことで、自分の好きなことややりたいことが、よりはっきりと見えてきて、そして、何かが積みあがっていくんじゃないかな。
積みあがって少しずつ形になっていくその「なにか」を実感できたとき、きっと「人生の楽しさ」や「次に向けてワクワクしてくる気持ち」を、感じられるのではないでしょうか。
僕の場合は、何か月もかけて、時には現場で徹夜してアトラクションやテーマパークを仲間たちと一緒に構築して、そしてやっとオープン初日を迎えたとき、大勢の人たちが来場されて楽しんでいるのを作ってきた仲間と一緒に眺めているのが、大好きだったんですね。
だから、企画を考えているときや施工をしているときは大変でも、「今作っているこれがオープンするとき」を楽しみにして、ワクワクして、それをモチベーションにして、頑張ってきたのがあると思います。
アドバイスになってれば良いけど…。
