学生時代、ずっとストリートダンスをしていた俺は、大学を卒業してからも就職せず、バイトしながらダンス三昧だった。
バイトではせいぜい月10万円くらいしか稼げなかった。でもまあ、ダンスのインストラクターとかもやってたし(月の給与2~4万円)、イベントに出演したときには、たまにギャラも入ったし(1回につき1万円前後、年数回)。
つまり、全然稼げなかった。
当時付き合ってた彼女と同棲して、半分ヒモのような生活をしていたよ。
で、あるとき彼女から「あなたといるのは、もう限界」と言われてしまい、俺はひとり身になった。そして、一人暮らしで家賃を払えるような稼ぎはなかったから、実家に帰って両親のお世話になった。だから、正確にはひとり身ではないだろう。
さらに俺は、彼女に振られたショックで軽いうつ状態になり、一人で電車に乗れなくなってしまった。とにかく閉鎖空間がダメで、当然、車にも乗れない。移動手段がなくなって、ダンスの練習にも行けないし、インストラクターの仕事もできない。ますます困窮していった。
あ、でも親が作った飯を三食ちゃんと食べてたから、困窮はおかしい。
とにかく、精神が困窮していった。
親から「お前、さすがにそれはないだろう。まず働け」と言われて。
ただまあ、若いのもあって、3か月くらいしたらだいぶ元気になった。
それでまたダンスを再開しようと思ったんだけど、親から「お前、さすがにそれはないだろう。まず働け」と言われて、派遣で働くことになった。
職場は、実家から電車で2時間ほどのところにあるコールセンターだ。そこで俺は、週5×1日8時間という、ようやく社会人らしい働き方を始めた。
コールセンターで働いて半年経ったとき、SVから「チームリーダーをやってみないか」と言われたんだ。
え、どうして俺が?
そう思ったが、まあ、ずっと電話を取り続ける仕事に正直うんざりしていたところもあった。リーダーになると電話対応の時間が50%減ると聞いて、二つ返事でOKした。
それが、俺の人生の転機になった。
どういうことかというと、メンバーからめちゃくちゃ慕われたんだな。
「なぜ?」と思っただろう。俺もだ。
ただ、今になってみるとわかる。俺は仕事をしながら、どうやったら相手を楽しませられるかを考えてた。電話先の顧客だったり、同僚だったり。
それは、俺のダンスの師匠の影響なんだけど、「自分だけ楽しむな。相手を楽しませろ。そうすりゃお前も楽しくなるから。そして、楽しけりゃいくらでも上手になれる」って。
ダンスと仕事は全然違う。だけど、師匠の最後の言葉「楽しけりゃいくらでも上手になれる」は、ずっと心に残ってたんだな。
退屈でしょうがない仕事だけど、覚えなきゃならない。でも、つまらない気持ちでやっていたら、なかなか覚えられない。
じゃあ楽しめばいいじゃん。
自分ひとりじゃ楽しめないけど、少なくとも近くの人を笑わせたり、場の空気をちょっと軽くしたり、そういうことならできる。
そんなスピリッツでやってたら、いつの間にかみんな慕ってくれたんだな。
いやもう、いい経験したよ、ホント。師匠に感謝だ。
もう10年以上前の話だよ、これは。
「やりたい仕事」なんて、きっとない。
その後、俺は契約期間満了であえなく職場が変わり、いくつかの職場を転々としたのち、正社員になった。今でも「楽しけりゃいくらでも上手になれる」スピリッツは大事にしている。
だけど、昔みたいにみんなから一様に慕われるなんてことは、もうあまりないかな。
これも後でわかったことだけど、そういう経験って、人生に2~3回あるかないかなんだよ、きっと。
だけど、仕事はやっぱりうまくならなきゃだし、そのためには楽しむことが大事だし、自分が楽しくなければ、とりあえず周囲を楽しくさせる。だから、そのサイクルは、今でも大事にしている。そのおかげで、今のところも、何とかやれているよ。詰まんねえ仕事だな、と思いながら、ちょっとした楽しみも感じながらね。
話をまとめるぜ。
「やりたい仕事」なんて、ないと思うよ、俺はね。あんまりそう考えない方がいいと思うんだ。だってそうだろ?誰もがやりたい仕事だけやってたら、世の中は回らないよ。
たいていの仕事は「やりたくない仕事」で、でもたまに、それこそ100ある仕事のうち1くらいは、やりたいと思える仕事に就ける。
そういうもんじゃないかな。
それよりも、「目の前の仕事をどうやりたいか」。つまらなそうな顔をしながらやるのがいいか。それとも、笑顔でやりたいかそれが大事だと思うよ。
相談者へのメッセージ
匿名さんに聞きたい。俺も匿名だけど。君は、仕事をどんなふうにやりたい?
一度、それをじっくり考えてみてくれ。そして、なんでもいいからまず働き始めて、その描いた「こんなふうにやりたい」を実践してみるんだ。
そうしたら、少しずつ自分の働く理想像が見えてくると思うよ。……たぶんね。