INTERVIEW #002 チトさん 絵本の古本屋経営、ダンスインストラクター

好きなことで生きていこう。
吉祥寺で絵本の古本屋を運営

読了目安 10分 取材日 2024年10月21日

知識が増えれば世界は広がる。
でも、知識がないからこそ想像で広がる世界もある。

東京吉祥寺で絵本専用の古本屋を運営する、冨樫チトさん。「チト」という名前は、両親が愛読したフランスの童話『みどりのゆび』の主人公にちなんで名づけられたといいます。

絵本の古本屋を始めたきっかけは、ふと立ち寄った古本屋で購入した、昔好きだった一冊の絵本。「──この絵本の価値は、本当に100円だろうか?」

「自分の好き」を貫き、絵本の世界に飛び込んだ裏には、一体どんなストーリーがあるのでしょうか?幼少期の読書体験から、現在の古本屋経営に至るまで、常識にとらわれないチトさんならではのユニークなキャリアを紐解いていきます。

冨樫チトさんのポートレート

PROFILE

チト(冨樫 チト)

職業
絵本の古本屋経営、ダンスインストラクター

拠点
東京都

童話『みどりのゆび』より両親に名付けられる。早稲田大学在学時より、プロダンサーとして活動。hip-hopとパントマイムを中心としたスタイルで20年以上舞台に立ち、演出、構成も手がける。2015年、吉祥寺に絵本専門の古本屋 MAIN TENT をオープン。サーカスのような店舗には日々全国から絵本マニアが集う。


1
絵本屋をはじめたきっかけ

サーカスの舞台裏のような絵本屋さん

JR吉祥寺駅の北口を出て、昔ながらの商店街「吉祥寺サンロード」をまっすぐ通り抜け、そこから大通りを一つ越えて更に路地を右に曲がって少し歩いたところにあるのが、「MAIN TENT」という絵本専門の古本屋さんです。

お店に入ると、そこはまるでサーカスの舞台裏のような空間──。

絵本が並ぶ MAIN TENT 店内

とても素敵な店内ですね!なぜ、このような絵本屋をはじめようと思ったのですか?

両親とも絵本が好きで、実家に絵本がたくさんあったんです。小さい頃はいつも絵本を読んでいました。図書館の本も合わせたら、年間700冊は読んでたかな?

高校・大学と絵本から少し離れた時期もあったのですが、あるときブックオフで昔好きだった児童書の本を見つけて。その店では、本は100円の値付けがされていました。

そのときに「──この絵本の価値は、本当に100円だろうか?」と思い至ったのが、絵本屋をはじめようとしたきっかけでした。

僕だったら、その7倍くらいの値段でも買うだろうと思ったのです。もし、100円で仕入れて700円で売れたら、600円が入ってきますよね。「これで10冊本が売れたら、6,000円の収益になるな…」といった皮算用も、同時に頭に浮かんでいましたが(笑)。

もちろん、それだけで決めたわけではなくて、「絵本の古本は売れるのか?」をちゃんと確認する必要がありました。それで、さっそく古物商の許可を取って、一冊一冊に解説を付けた絵本を100冊ほど持って、フリマに出店してみました。

──そしたら、これが結構売れたんです。

小さい子ども達がそれこそ夢中になって絵本を読んで。その子のお母さんが「じゃあ、それ買おっか」と言うと、みんな、本当に嬉しそうな顔をする。それを見ていて、「これって、すごくいいことしてるんじゃないか」という気持ちになりました。

フリマでの成功体験が、絵本屋をはじめた主なきっかけだったんですね。

そうですね。ただ、それ以外にも色んなことが影響して、そうなったんだと思います。

たとえば、僕は以前から「子どもに好かれる大人になりたい」っていう願望がありました。親戚で集まったときに、小さい子が自然と集まってくるお兄さんとかいますよね、ああいうのにすごく憧れていて。──無条件に子どもに好かれるのって、「本物のヒーロー」って感じがしませんか?(笑)

まだ絵本屋を始める前の頃、皆で海に行くことがありました。僕と、結婚する前の僕の奥さん、それから、ケントという数年来の後輩。このケントくんが、まさにその「無条件に子どもから好かれる」タイプだったんです。砂浜の子どもたちがみんな彼の周りに集まって、こぼれるような笑顔でキャアキャア言って、それを見ていた僕の奥さんが、「彼はすごいね」ということを言って、それが僕にとってすごくジェラシーだった(笑)。

(あいつは、俺がないものを持っている。俺も、そうなりたい)という感情が、きっと無意識にあったんでしょうね。だから、フリマで子どもたちが本当に嬉しそうにしていたとき、「これだ!」と感じたんじゃないかな。

でも、一番大きかったのは、やっぱり「楽しそうだな」って思えたことですね。自分のお店を持って、自分の好きな絵本を並べて、そして子どもたちにも楽しんでもらう。そんな生活を想像したら、ワクワクが止まらなくなった。──それがきっと、一番の理由だと思います。

お店を開くとしたら、ずっと慣れ親しんだ吉祥寺の街で

絵本の古本屋の開店までは、どのように準備を進めたんですか?

当然、「フリマでうまく行ったから、すぐにお店を開店!」ということはなく、色々準備をしました。絵本の仕入れをしながら、色んな人に話を聞きに行ったり。

お店の場所は、商売が成立するかどうかより、「自分が愛情を注げる土地で働きたい」という想いを優先して、これまで慣れ親しんだ吉祥寺と最初から決めていました。

駅前の商店街で3日間の限定でテナントを借りられると聞いて、試しに絵本を売ってみました。そこでもしっかり売れて手ごたえを感じられて、いよいよ「これはもうやろう!」と決心しました。

貯金も、それなりにありました。ざっと計算して、仮に3年間一冊も本が売れなくても、生きていけるだろうと。

運営費3年間分の貯金があったんですね!

僕は絵本屋を始める前から、プロのストリートダンサーとして活動していました。そこでダンススクールのインストラクターやアーティストのバックダンサーの仕事をして、貯めていたお金があったんです。

まあ、運営費3年分といっても、お店の家賃と自分の生活費を足して計算したくらいでしたけど(笑)。光熱費や通信料なども含めてちゃんと計算したら、もっと短い期間になっていたと思います。

でも、内装には結構お金をかけました、500万円くらいかな。古本屋って普通は開店時にそんなにお金かけないらしいんですが、子どもたちがたくさん訪れるお店だからこそ、「ホンモノ」を届けたいと思ったのです。

本棚には無垢材を選び、自然な風合いと美しさを大切にしました。レジの机は、子どもたちに現金のやり取りが見えないような高さに設置し、あえて大人の世界を子どもが覗き込むような探検心をくすぐるデザインに仕上げました。内装の業者さんには、随分わがままを聞いてもらいました。

2
絵本屋の運営で大変だったことと、工夫したこと

MAIN TENT 店内の棚

「あの時はああだった」って思えば、それがその人の過去になる

実際に絵本屋を始めて、どんな点に苦労しましたか?

苦労したことは、正直いってあまりないんですよね。でも、それは僕自身がそう思い込んでいるだけなのかもしれません。結局、人って過去を変えられるから。「あの時はああだった」って思えば、それがその人の過去になっていきますよね。

唯一辛いのは、毎日帳簿を付けること(笑)。パソコンを開く時点で、すでに非常に気が重くなってる(笑)。たぶん性に合わないんでしょうね。

それから、コロナ禍のときは大変でした。2020年の1月頃、海外の方々の来店が途絶えて、それから遠方から絵本を買い求めてきてくれるお客さんがいなくなって、どうしたものかと悩んでいたところに、今度は政府から古本屋に休業要請がかかって、とうとうお店の営業自体ができなくなりました。

それは、かなり大変な状況でしたね…。

うん、大変でした。でも、吉祥寺の他の店舗の人たちも皆同じ状況でしたからね。「自分だけじゃなく、皆がそうなんだ」って思えたのは救いでしたね。

それと、「これは、時間をくれたいい機会なのかもしれない」と思うようにしました。お店の営業ができない分、時間はたくさんありましたから。

もちろん「何かを始めなくてはいけないんだ」というのも分かっていましたから、このときに色んなチャレンジをしました。

どんなチャレンジをしたのですか?

まずは新しいサービスとして、「選書サービス」を始めました。これは、一般のお客さんのほか、ホテルや美容院、小児科などで「絵本を何冊か置きたい」という際に、うちが選書するというサービスです。思いのほか好評をいただけて、現在ではリピートしていただけるお客さんもたくさんいらっしゃいます。

あと、オンラインストアを開設したのもこの時期でした。これまでは「絵本はできる限り顔を見て次の方に手渡したい」という想いがあって、ネット販売には躊躇していました。

ですが、実際に始めてみると、普段お店には来られないけれど当店を応援して頂いている方々の存在を感じられたり、ネットで絵本を購入したお客さんが後日来店してくれたり。「ああ、こういう繋がり方もあるんだな」と思いました。

基本的には、嫌なことからは逃げるタイプ

「選書サービス」や「オンラインストア」のお話を伺っていて、逆境をチャンスに変えていく姿勢が、すごくいいなと思いました。

基本的には、嫌なことからは逃げるタイプなんですけどね(笑)。

僕は普段から「好きなことで生きていこう」と思っています。──と言っても、そんな大それたことではなく、好きなことを見つけて、その中からストレスを感じずに出来そうと思えることを、見切り発車でも何でもいいので、とにかく一歩踏み出します。

そして、それを継続しています。絵なら40年*4、踊りなら30年、古本屋なら9年。

自分の能力の範囲でできる、スモールステップを踏み出して、それを継続させる。わからないことも、出来ないことも、やりながら学び、調整し、習得していく。

他人から見たらどんな大変そうに見えることも、他人軸ではなく自分軸の中から選んだものなので、そこは苦労に思わないし、努力とも感じない。そういうことなのだと思います。

選書サービスやオンラインショップも、「辛いことだけどやらなきゃいけない」と思ってやったというよりは、「こっちだったらうまく行きそうだな」という風に模索したイメージの方が近いかもしれません。

3
人生をもっとポジティブにしていく方法

街を行き交う人々

見えない小さな小石のようなものを、取り除くこと

もし身近な人が「毎日が辛い、つまらない」と悩んでいたら、チトさんだったら、どんなアドバイスをしますか?

難しい質問ですね(笑)。でも、よく思うのは、「日常生活の中に、小さくても確実な喜びや楽しみを見出すこと」が大事だということです。

絵本屋をやっていてよく思うのは、人って基本的に「常に何かを感じている」生き物なんですよね。

たとえば、秋の穏やかな気候を感じると、少し嬉しくなる瞬間がありますよね。そういう時期には、お客さんもたくさん来てくれます。逆に、暑い日や何か大きな事件が起きたときは、お客さんの数も減って、絵本を買おうとする人も少なくなる。

日常生活でも、公園に行ったり、森の中に入ったりすると、心がスーッと落ち着いたりしますよね。そうした感覚を忘れずに、ふんだんに感じられていることが、大事なんだと思います。

ふとすると、人はそういう感覚を忘れがちなんですかね?

どうでしょうね? ただ、日々の生活であまり楽しい気持ちになれない、ポジティブな気持ちになれないとしたら、心の中に小さな石ころみたいなものがあるんじゃないかな。

靴の中に小石があると気になりますよね。それよりも、もっともっと小さい「なにか」が、毎日の暮らしを続けていくうちにどんどん溜まっていく。

「なんか、しっくりこない」「なぜだか分からないけれど、憂鬱になる」。そう思っても、なにしろ相手は小石よりもっともっと小さいから、気づけないんですよね。だから、それを意識的に取り除いていかないと。

見えない小さな小石のようなものを取り除く…。難しそうですね(笑)

そうですね。難しいこともあるかもしれない。でも、意外に簡単だったりすることもあると思いますよ。

たとえば、ふと目に留まったゴミを拾うであったり、僕の場合だったら、お店の床掃除や窓掃除をしたり、平積みにされている絵本を綺麗に整えたり。

それは言い換えると、「今ある日常で、自分が満足できる状態に少しでも近づける」ってことだと思うんですけど、それでふと、周囲の空気が変わることがあるんですよね。

身体全体で「今」を感じてみる

水に触れて遊ぶ子ども

チトさんにとっての、「人生の楽しみや幸せ」について、話していただけますか?

僕は、本質的な喜びって、頭で考えるものではなく「身体で感じるもの」だと思っています。

例えば、
風の冷たさ、
土の温かさ、
水の流れる音、
光の眩しさ、
それから、美味しいものを食べた時の満足感。

それこそ小さい子どもを見るとよくわかるんだけど、彼・彼女たちは、蛇口から流れる水をただ見たり触れたりするだけで、全力で楽しんでいます。

大人になると、そういう「理屈抜きに感じる喜び」の感覚って、忘れてしまいがちですよね。きっと色んなことを経験して、沢山のことを知って、物事を頭の中で複雑に考えるようになるからなのかもしれません。

知識が増えれば、世界は広がります。でも、知識がないからこそ想像で広がる世界もあると思うんです。」

もちろん、大人だって大人なりの楽しみ方もあるわけですけど、「毎日が辛い、つまらない」と感じているのなら、今の頭の中にあることをいったん脇に置いて、身体全体で「今」を感じてみるとよいと思います。

たとえば電車に乗っているときに、スマホを見るのを止めて、少しの間窓の外を眺めてみる。それだけで、気持ちが整ったり、ささやかな楽しみや希望を持てたりすることは、誰でも経験があるはずです。そういう時間を、もっと大切にするといいのではないでしょうか。

絵本も、とてもいいと思いますよ。昔読んだ絵本を読むと、やっぱりその時の感覚が蘇ってきますよね。

マトリョーシカ人形

僕は、人の成長って「マトリョーシカ人形」のようなものだと思っています。

知識や経験が増え、外側の自分は大きく成長していきます。でも、その内側には、子供の頃の自分が、五感で世界を感じていた頃の自分が、ずっと存在している。

大人になれば、頭を長時間フル回転しなければならないような、とても厳密な状況もやってきます。でも、それを何とか乗り越えたら、自由になった時間で、子どもの頃のように、純粋な心で世界を見つめてみる。

絵本を読み返したり、自然と触れ合ったり、身体を使って遊んだり。そうすることで、忘れかけていた「本質的な喜び」を思い出し、より豊かな人生を送れるようになるのではないでしょうか。

夜の MAIN TENT 店舗外観

あなたのモヤモヤも、
言葉にしてみませんか?

チトさんに何かを感じたら、
あなたの想いを誰かに聞いてもらったり、誰かの体験談に触れてみましょう。

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